ページを閉じる  

ロシア革命の貨幣史  (シベリア異聞)

軍用手票 (軍票)

 

軍票は、軍費支弁や占領地経営などの便益、本国弊制および財政の利便のために発行される特殊政府紙幣で、 本国通貨の代用として、戦地や占領地で軍が必要とする物資や労力を調達する場合や、軍人・軍属の俸給・給与の支払いに用いられた。

日本政府が始めて軍票の発行を計画したのは日清戦争 (1894−95年) であったが、実際に発行したのは日露戦争 (1904−05年) で、 その後、第一次大戦参戦での南洋群島、青島派兵時 (1914年) にも発行されている。 これらシベリア出兵より前の軍票は銀兌換で、一般には軍用切符と呼ばれていた。

 


 

1918年(大正7年)7月19日、シベリア出兵にあたり、大蔵大臣は次の軍票発行案を閣議に提出した。

「今回時局進展ノ結果、我國ガ西比利亞及北滿洲ニ出兵ノ必要ヲ見ル場合ニ於テ、 北滿洲ニ於ケル軍費ノ仕拂ニ就テハ可成朝鮮銀行券ヲ使用セシムル方針ナルモ、朝鮮銀行券ノ通用充分ナラザル場合又ハ其ノ製造準備不足ノ為メ、時局ノ急需ニ應ズル事能ハザル場合、及西比利亞ニ於ケル仕拂ニ充ツル為メ、前例ニ依リ軍用手票ヲ發行セシメントス。」

同年8月2日にはシベリア出兵宣言が発せられ、ついで8月7日に閣議提出の 「西比利亞及北滿洲出征部隊軍資金支辨順序」 を決定した。

 

第一条 軍費仕拂ノ便ニ供スル為メ豫算ノ範圍内ニ於テ金兌換軍用手票 (以下單ニ手票ト稱ス) ヲ發行ス
其種類ハ十圓、五圓、一圓、五十錢、二十錢、十錢ノ六種類トス

第十二条 出征部隊ニ於テ十錢未滿ノ端數ノ収支ニ限リ軍、師團、兵站經理部ニ於テ露國銅錢五哥(コペイカ)、一哥、支那銅錢二仙(セント)、一仙貨ヲ買入レ左ノ價格ヲ以テ収支スルモノトス
 

 

露國銅錢

五哥 金一錢

 

 

 

一哥 金二厘

 

 

支那銅錢

二仙 金二錢

 

 

 

一仙 金一錢

 

 

第十三条 出征部隊ニ於テ軍資金トシテ露國留(ルーブル)紙幣使用ノ必要アル場合ハ當該部隊ニ於テ買入レ買入價格ヲ以テ之ヲ使用スルモノトス
 

シベリア出兵軍用手票1円券 シベリア出兵に際して発行された軍用手票の種類は 10円、5円、1円、50銭、20銭、10銭の6種類であった。 そして、10銭未満の収支については、出征部隊はロシア銅貨5コペイカ=金1銭、1コペイカ=金2厘、中国銅銭2セント=金2銭、1セント=金1銭の価格で買い入れ、その価格により収支するものとされた。 これらの軍票は金兌換とされ、その額面にはすべて 「金」 の文字が冠せられている。 また、シベリア方面で使用されることから、軍票の表面には額面および発行者名 (大日本帝國政府) のロシア文が併記された。 裏面には漢字で兌換文言および罰則文言が表記されており、その兌換対象通貨は従来の 「銀銭」 に代わって 「日本通貨」 となっている。


しかし実際には、外地では軍票は朝鮮銀行券と兌換され、内地に持ち帰った場合のみ日本銀行券と交換することとされた。 そして、軍票および朝鮮銀行券の金貨兌換は極力回避され、また、日本銀行券への兌換についても投機的な兌換を警戒する体制がとられていた。

「軍票ノ兌換ニハ内地ニ在テハ日本銀行兌換券ヲ用ユルモ外地ニ在テハ朝鮮銀行券ヲ以テシ緊切必要已ムヲ得サル場合ノ外ハ直接ニ金貨ヲ以テ兌換セサルコト」、「朝鮮銀行ノ兌換ニ使用シタル日本銀行兌換券ニ付テハ其兌換請求ニシテ投機的ノモノト認ムルトキハ日本銀行ハ臨機ニ措置ヲ取ルコト」 (大蔵省理財局長通牒1918年8月16日、国秘第602号)

ヴラヂヴォストクに上陸した第十二師団は、当初においては軍票の直接市中流通を意図したが成功せず、一時朝鮮銀行ハルビン支店にルーブル紙幣調達を命じたが、その後は軍票を朝鮮銀行券に引き換えて、朝鮮銀行券によって物資を調達した。

 


 

シベリア出兵における軍票の発行総額および使用額は次のようになっている。
 


軍票の額面

発行総額

使用額

未使用額

枚数 (千枚)

金額 (千円)

枚数 (千枚)

金額 (千円)

枚数 (千枚)

金額 (千円)

10円券

1,200  

12,000  

450  

4,500  

750  

7,500  

5円券

1,500  

7,500  

570  

2,850  

930  

4,650  

1円券

6,600  

6,600  

2,430  

2,430  

4,170  

4,170  

50銭券

4,920  

2,460  

1,870  

935  

3,050  

1,525  

20銭券

4,500  

900  

1,950  

390  

2,550  

510  

10錢券

5,400  

540  

3,250  

325  

2,150  

215  

合  計

24,120  

30,000  

19,520  

11,430  

13,600  

18,570  

 

シベリア出兵では総額 3,000万円の軍票が発行されたが、このうち 1,857万円は未発行のまま中央金庫に寄託保管され、実際に使用された額は1,143万円であった。 払出された軍票も、派遣軍の帰還によって逐次回収され、1922年(大正11年)3月末現在の金庫保管高は 2,990万7,670円15銭に上り、引替未済額は3万2,329円85銭にすぎなかった。 回収済額は会計制度の改正を機に金庫勘定より除却され、物品として物品会計官吏の管理下に日本銀行に保管されることになった。 未使用分の 1,857万円は 「他日万一の場合」 に準備しておくため、日本銀行に保管された。 大正11年4月以降、日本銀行は、軍票整理を終了 (昭和15年11月9日付官報秘第540号) することになる昭和15年12月末日までに 1,579円20銭を回収しており、引替未済額は2万6,750円65銭となった。

 

[参考文献]

  • 今村忠男 「軍票論」 、商工行政社、昭和16年

  • 日本銀行調査局 編 「図録 日本の貨幣 (第10巻) 外地通貨の発行 (1)」
    東洋経済新報社、昭和49年

 

 ページを閉じる