ロシア革命の貨幣史

       齋 田 章


 

はじめに

 

ロシアで19世紀末に確立した金本位通貨制度はその後のロシア帝国の資本主義的 経済発展の基礎を成したが、1914年夏に第一次大戦が勃発するとともに金兌換は停止され、 金の原則に基づいたロシアの貨幣制度は根底から動揺しはじめた。 そして、臨時政府の成立と君主制廃絶、社会主義革命によるソヴェト政権の誕生、 更には内外の反革命勢力との軍事対決がソヴェト政府の勝利によって終結するに至る 未曾有の軍事的・政治的混乱の過程を通じて、雑多な紙幣が乱造・乱発され貨幣の価値は著しく低落した。 また、内戦時の統制経済政策の下で進展した経済関係の現物形態化は貨幣流通の範囲を狭め、 貨幣機能の効力を極端に低下させて、一部に貨幣制度の全面的廃棄すら論議されるようになった。

しかしながら、1920年末に内戦が収拾されるに及んで、ソヴェト政府は荒廃した国土と 破壊された国民経済の再建に向けて政策を大転換し、新経済政策 (ネップ) の下での貨幣経済への復帰は 健全な貨幣流通の必要性を切実なものとして、1922年−1924年の貨幣制度改革の実施により 金で表示された新しい国立銀行券 (チェルヴォネツ) が通貨として定着し、 ここに10年余り混乱していた貨幣流通はようやく安定するに至ったのである。

本稿は、ロシアの帝政末期からソヴェト政権初期に至る、この激動の時代に流通した 多種多様な貨幣・紙幣類から類型的な図版を収録し、それらの図版を透して当時のロシアの 貨幣流通事情を概説したものである。

いまここで、所謂 "ロシア革命論" については問うまい。 また、政治・経済の側面を踏まえた 貨幣流通史を学術的に論ずることは著者の能力を超えるものであり、本稿においてはそれを意図しない。 本稿ではロシア革命に前後する混乱の時代を、日常的な国民生活に密接している通貨の変遷を以て物証的に叙述し、 ともすれば観念的な理解に留まりがちな歴史の展開を、通貨という具象物に射影することによって 実体的に概観することを目的としている。

もとより、本稿で紹介する貨幣類はこの時代の全てを網羅するものではないが、読者は本稿によって、 ロシア動乱の時代の通貨変遷を概括的に理解されるものと考える。

電子書籍 版:2007年9月   
Web 暫定版:2005年1月   
(冊子版:1986年4月)  


 

凡  例

  • 本稿は、1897年に実施されたロシアにおける金本位通貨制度発足から、第一次大戦および ロシア革命を経て国内戦争が終結し、1924年にソヴェト政府による新経済政策 (ネップ) の下で 貨幣流通制度が再建されるに至る時期のロシアの通貨事情を概観したものである。
    本稿の最後の章では、この時代のロシアの貨幣流通を特徴付けるおびただしい種類の 地方通貨の中でも極めて特異な存在である "アルマヴィル貨幣" が製造・発行された 歴史的背景を考察してみた。

  • ロシアの帝政時代には、各種の記念貨幣や贈呈用貨幣、試作貨幣など、興味深い貨幣類が 多数製造されているが、これらの "非流通的" 貨幣については、本稿では言及していない。

  • 本稿に収録した貨幣流通量などの統計資料は、その大部分を 〔参考文献〕1 より抜粋転載した。

  • 本稿では、ロシア語などの外国語の地名・人名をカナ表記するにあたり、 慣用的に用いられているもののほかは、日本語文章との馴染易さを重視し、繁雑を避けて 努めて簡潔であることを心掛け、必ずしも原音にはこだわっていない。

  • ロシアの暦
    帝政時代のロシアでは古い暦法であるユリウス暦 (ロシア暦、旧暦) が用いられていたが、 十月革命後の1918年1月24日付ロシア連邦共和国人民委員会布告によって、現在使用されている グレゴリオ暦 (現行暦、新暦) が採用されることになった。 ユリウス暦とグレゴリオ暦の日付の差は、18世紀では11日、19世紀では12日、20世紀では13日 であったので、同布告では、1918年1月31日の翌日を2月1日ではなく2月14日とした。 曜日に関しては両暦とも一致している。
    本稿では、1918年1月末日までは ユリウス暦 (旧暦) によっており、適宜その後に括弧でグレゴリオ暦 (新暦) による日付を付した。

  • 重量単位と貨幣の品位
    ロシアでは1899年6月4日にメートル法が公式に採用されたが、一般には十月革命後まで 旧来の度量衡が併用されていた。 特に貨幣で関係の深い重量単位については次のようになっている。

     1プード

    = 40フント

    = 16,380g

     1フント

    = 96ゾロトニク

    = 409.5g

     1ゾロトニク

    = 96ドーリャ

    =  4.266g

     1ドーリャ

    = 0.0444349g

     

    また、貨幣など貴金属合金の品位の表示もメートル法施行以前にはゾロトニク法品位が用いられていた。 これは合金1フント (96ゾロトニク) 当りに含まれる貴金属の純分をゾロトニクの重量比で表したものであり、 純粋な貴金属では品位96となる。
    1918年9月11日にロシア連邦共和国人民委員会はメートル法施行令を採択し、1927年4月1日から メートル法が完全実施されている。

 


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[参考文献]

  1. エル・エヌ・ユロフスキー、南滿洲鐡道株式會社 編 「ソウェート聯邦貨幣史」 (露亞經濟調査叢書) 大阪毎日新聞社、昭和3年

  2. ゼー・ヴェ・アトラス、東亞研究所 訳 「ソ聯邦貨幣流通史研究 (1917―1925)」 東亞研究所、昭和18年

  3. I.G. Spassky. "The Russian Monetary System" Jacques schulman N.V. - Amsterdam-C, 1967.

  4. И.Г. Спасский. " Русская монетная система"
     ( Web : http://www.arcamax.ru/books/spassky01/spassky01.htm. )

  5. Л.Н. Юровский. " Местные денежные эмиссии 1914-1924 гг.."
     ( Web : http://www.bonistikaweb.ru/KNIGI/Yrovski-mestn.htm. )

 


アルマヴィル貨幣の歴史的考察      序. ロシアにおける金本位通貨制度の実施

 

はじめに / 序.ロシアにおける金本位通貨制度の実施 /
1. 帝政ロシア末期の貨幣流通 / 2. 第一次大戦下の通貨事情 /
3. 臨時政府の通貨発行 / 4. 十月革命とソヴェト政府の通貨政策 /
5. 国内戦争と戦時共産主義の時代 / 6. 新経済政策と通貨制度の再建
全国的通貨 / 地域通貨

アルマヴィル貨幣の歴史的考察 / 非貨幣交換のための貨幣代用物 /
団結は力なり ― 消費組合の代用貨幣

ロシア革命史 (年表)