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日本刀仕込みの正剣 ― 2

大礼佩剣拵の「日置藤原兼次作」一尺九寸八分
 


 

明治六年制大礼佩剣

(1) 服制の制定

 
è  服制制定に至るまで
 

明治政府は、 明治五年十一月十二日(1872年12月12日)太政官布告第三百三十九號(大禮服及通常禮服ヲ定メ衣冠ヲ祭服ト為ス等ノ件) をもって文官と非役有位者の大礼服を含む服制を規定し、従来の衣冠は祭服とした。(陸軍武官で大礼服に相当するものは正装と呼ばれた)

文官とは軍人、警察官、裁判官を除く官吏をいう。
非役有位(ひやくゆうい)者とは、勅任官・奏任官等の官職にはないが、位階を有する者を指す。

明治五年十一月二十九日(1872年12月29日)太政官布告第三百七十三號 (大禮服及通常禮服著用日ノ件) により着用規定が定められ、この大礼服を着用するのは「新年朝拝、元始祭、新年宴会、伊勢両宮例祭、神武天皇即位日、神武天皇例祭、孝明天皇例祭、天長節、外国公使参朝ノ節」とされた。

ここでは、佩用する正剣の制定はなく、勅奉判官および非役有位者の大礼佩剣が制定されるのは、翌明治六(1873)年八月三日太政官第二百八十一號 による。

改暦 は明治5年11月9日(1872年12月9日)に布告し、翌月に実施された。 旧暦(天保暦)は明治5年12月2日(1872年12月31日)まで使われていた。その翌日の12月3日をもって明治6年(1873年)1月1日に改められ、 グレゴリオ暦(現行暦、太陽暦)に改暦された。

 
(2)大礼佩剣の制定

大礼佩剣は明治六年制と十九年制の二種類がある。

明治六(1873)年八月三日太政官第二百八十一號 大禮佩劒表並圖 勅奉判官並非役有位部 大禮佩劒新制汎則 (大禮佩劒制別冊之通被定候條此旨相達候事但従前之刀ヲ相用候儀可爲勝手事)


明治六年制大礼佩剣

 

上記の「明治六年八月三日太政官第二百八十一號(明治六年制大礼佩剣)」と下記の「明治十九年十二月四日宮内省達第十五號 (明治十九年制大礼佩剣)」の間に、右図の様式の鍔(透かし彫)への改訂があったものと思われるが、当該法令を追跡できていない。 ご存じであれば、ご教示いただければ幸甚である。


 

明治十九(1886)年十二月四日宮内省達第十五號 改定文官大禮服制表並圖


明治十九年制大礼佩剣

 


 

日本刀仕込みの大礼佩剣拵

明治六年八月三日太政官第二百八十一號 には、以下の記述がある。
 

 

     大禮佩劒新制汎則
大禮佩劒ノ制勅任奏任ハ金装判任ハ銀装タルヘシ共式後圖ノ如シ
 但非役有位四位以上ハ勅任ニ同ク五位以下ハ奏任ニ同シ
劒ノ総尺概ネ三尺余ヲ以テ度トス然レトモ体格ノ長短ニヨツテ斟酌スヘシ
劒身ノ制図ノ如キヲ以テ定式トス然レトモ各自適宜ヲ以テ従前ノ刀身ヲ換用スルモ妨ケナシ
 但装飾鋟章等ハ本條ノ定式ニ従フヘシ

 

 
ここにある 「従前ノ刀身ヲ換用スルモ妨ケナシ」 の字句は、日本刀仕込みの正剣も容認することを意味しており、 事実、このような大礼佩剣拵の日本刀が多数残存している。本稿で取り上げる一品も、そのような一振りである。

 

刀身

わきざし
銘 表 日置藤原兼次作
   裏 文久三年二月吉日
刀身 一尺九寸八分(60 p)、反り 四分
目くぎ穴 1個
茎  螺旋込み式

銃砲刀剣類登録証番号 東京教 第18485号
  (文化財保護委員会 昭和26年3月29日発行)

 


 
※ 日置兼次 : 天保十(1839)年〜明治四十三(1909)年、因幡兼先十二代孫、因州池田公(鳥取藩)に仕える。 初め備前の長船祐包、のち江戸に出て高橋長信に師事。

 

明治六年制大礼佩剣拵
拵全長 90.5 p
金具  真鍮地、桐紋唐草図、鳳凰頭
鞘   皮巻き
柄   金色糸巻
刀身の固定は、目くぎではなく、茎のねじ式


明治六年制大礼佩剣の金具


上:日本刀仕込みの明治六年制大礼佩剣拵、下:明治六年制大礼佩剣 剣緒付き

 


 


上:日本刀仕込みの文官正剣拵、下:日本刀仕込みの陸軍武官正剣

 

è  日本刀仕込みの正剣 ― 1/明治期の陸軍武官正剣拵「肥後國忠吉」一尺八寸

(2020.09.25)